Buttermilk
町の中心部には信号がなく、人が横断する際は全ての車はかなり手前で自発的に止まってくれる“人”中心の社会であり、4階以上の建物は建てられないし、色も煉瓦色に統一されている。大きなホテルは殆ど無くコンドミニアムが圧倒的に多い。ゴミ箱も形、大きさ等が統一され通りの角々にきちんと置かれていた。歓楽街は殆ど無い静かな町で夜はイルミネーションで町中きれいに飾られていた。
Aspenの自然環境を守る市の政策が徹底し、市民は環境保護に対する高い意識を持っているようだ。
Aspenは、昔、銀鉱山であったので
それにまつわる物語が色々あり興味深かった。
“Ambassador”の一人、Mr. Vinceは典型的なアメリカ人で、非常におおらかで親切で人柄が良く親交を深めた。非番の一日は孫の世話やスポーツ店経営の息子のお手伝いをすることになっていたがこれを取止め、吾々のためにあちこち案内してくれたのには皆感激の極みで、帰国後もメールでやりとりをし来年再訪する場合はスケジュール、宿の手配等全てやってくれることになった。どのambassadorもお礼に何がしかのチップを渡そうとしたが、絶対に受け取らず、そんなことをするなら一切案内はしない、と頑強に断ってきたので日本のお菓子等をあげて感謝の気持ちを伝えたところ、孫への土産だと大変喜ばれた。
日本人は一人も見かけなかった。関係者に聞いても殆ど来ないとのこと。
何故か。この町は、環境保全に特別な注意を払っており、かって,冬季オリンピックの開催を辞退した由。喧騒と汚染、環境破壊を嫌ったのではないか。
受け入れ体制、例えば、高層ホテルやマンションは作らない、作らせないのはその為ではないかと想像した。従って、日本の旅行業者がツアーを組んで大量にスキーヤーを送り込みたくても出来ないのが実情ではないか。
日本出発前、色々の旅行業者に斡旋や資料の請求をしたが、悉く断られたのはこんな理由からではないか。従って、今回、行くに当たっては、自分達で直接現地の業者とメールで交渉し支払いをした。
色々反省点もあったが、アメリカの国土の雄大さと物にこだわらないアメリカ人堅気と人の良さ等多く学ぶ所があり、Mr. Vinceとも厚い友情を築くことが出来、大きな収穫があった旅であった。
ここには、Aspen Mountain, Aspen Highlands, Buttermilk, Snowmassの4つの広大なスキー場 (地図@)があり、無料のシャトルバスで20分程度の距離で繋がっている。それぞれ、4000m級の山並みで、ゴンドラ、リフト、ロープトー等で乗り継いで到着する山頂は、3,813m(右手下は空港)で富士山より高く、気温−20℃にもなり空気が薄く呼吸をするのが苦しい。リフトを支える支柱は50本以上のところもある。
1つのスキー場から滑降するtrailは林間コース、緩急コース、長距離コース等60種類以上もあり、注意しないと迷うほどであるが、“Ambassador”(後述)と言うボランティアによる案内システムが非常に上手く機能しており、とても親切に無料で案内してくれるので心配無用である。
雑 感
地図@
Aspen 全景→
Mr.Vince、 Ambassador